札幌高等裁判所 昭和24年(ネ)51号 判決
控訴代理人は、原判決を取消す控訴人被控訴人間の旭川地方裁判所名寄支部昭和二十四年(ヨ)第五号及び同年(ヨ)第八号各不動産仮処分命令申請事件につき同廳が同年五月十三日及び同月十八日発した仮処分決定を取消す訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、左記の通り変更附加のあつた外、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
(一)、控訴代理人の陳述
被控訴人は昭和二十二年九月十八日附を以て農地調整法第九條第三項に基く本件仮処分目的土地に対する賃貸借契約解除申入に対する北海道知事の承認申請を所管温根別村農地委員会に提出し同委員会は審議の結果解約は不適当であり不承認を可とするとの意見を附して上川支廳長を経由して北海道知事に進達し右進達は昭和二十三年一月七日北海道廳に到達した。北海道知事は愼重に審議の結果自作を相当とする特別の理由がないのみならず小作人の生計上支障があるとの理由で昭和二十三年二月二十八日第一二二号により申請不許可の行政処分を行つた。しかるに右不許可の行政行爲を申請人たる被控訴人に通告するに際して北海道廳の淨写係が指令番号第一二二号を第二二号に日附を昭和二十三年二月二十八日を二月二十七日に「許可し難い」を「許可する」に誤記して発送したのである。この誤つた通告は單なる通告であつて行政処分それ自体ではない。要するに上記「許可し難い」とされた行政行爲の誤つた通知である。その後前記の誤つた通告を発見した北海道廳当局は昭和二十四年六月一日附丑調整第二、四六八号を以て誤つた通知の取消、あわせて本來の不許可の行政処分を明らかにするための通知を行つたのであるが、その際不許可処分の日附の点で誤記があつたので、同年六月十日丑調整第二、九〇一号により前記昭和二十三年二月二十八日に不許可処分が行われたことを明らかにしたのである。前述のごとく被控訴人の主張する昭和二十三年二月二十七日附第二二号の許可する旨の指令文書は不許可の行政行爲を誤記した行政行爲の眞実に反した通知であり單なる事実行爲であるので自由にこれを取消し訂正することができるものといわなければならない。従つて北海道知事が被控訴人に対し上記六月一日及び六月十日に発信した各指令は眞実の行政行爲に反する通知を取消し訂正し眞実の行政行爲を告知したものであり單なる事実行爲として自由に行うことができるのみならず行政事務遂行上必ずこれを行わなくてはならないのである。
本件仮処分は五月十三日及び五月十八日に行われたものであるが、その仮処分後である六月一日及び六月十日に前述のごとく本來の不許可処分が明らかにされ前の誤つた通知行爲が取消し訂正されたのであつて被控訴人は本來仮処分土地に対して自作する権利をもたないこと反対に控訴人において賃借権を有し耕作する権利をもつていることが所轄行政廳によつて確認されたのである。かような事実は仮処分当時の事情に重要な変更を生ずるものであつて正に事情の変更ある場合というべきものであり本件仮処分は取消さるべきものである。
(二)、被控訴代理人の陳述
行政行爲は法規の下において或る法律的効果を発生する原因たる意思行爲で行政権の公の意思表示又はこれに準ずべき心理の表示を主たる構成要素とするものをいうと解すべきである。すなわち原議の作成乃至知事の決裁は行政廳の内部的意思決定に止まり該決定に基く意思表示たる指令書の交付によつて初めて一定の法律的効果を生ずるものと解するから指令書の交付は單なる事実行爲ではなく行政行爲の主要構成要素というべきである。從つて行政行爲が当該行政廳の意思と表示との間に不一致があつた場合に当該行政廳が事後においてこれを修正することができるかどうかの問題に帰着する。そして行政行爲の誤りが社会上の普通の見解によつて外部から認識し得られない場合には行政行爲は表示主義の原則に從いその表示せられたところによつて効力を生ずべきもので、而して一たび生じた行政行爲についてその誤りを修正することはその効力を変更することゝなるのであるから法律が行政行爲の効力に絶対的又は制限的の確定力を與えている場合にはその修正は、もはや自由ではない。本件の場合について見ると当初昭和二十三年二月二十七日子調整第二二号指令をもつて「本申請許可する」として表示せられた以上仮にそれが番号本文及び日附の淨写に際しての誤りであつたとしても、それが誤りであることは社会の普通の見解を以てしては判断し得ないもので、かかる場合においてはその発表せられたところに從つて効力を生ずるを当然とすべきである。又農地調整法第九條第三項の規定に基き賃貸人が知事の承認を得て有効に賃貸借の解除若しくは解約をするときは賃借人は賃借権を喪失し、賃貸人は所有権に基く使用收益の権能を回復する等当事者間の権利義務に至大の関係をもたらすばかりでなくこれが承認を得なければ同法第五條により解除若しくは解約の効果を発生せず且つこれに対し嚴重な罰則の定がある(第十七條の五第二号)等よりして前記法條に基く知事の承認たる行政行爲は絶対的確定力を與えている場合でその修正は、もはや自由ではない。たゞ後に行政廳が当初の表示の誤謬を発見してこれを正誤したとしても、それは有効な正誤として遡及効を生ずるのではなく、唯行政行爲の変更として將來に向つてのみ有効なり得べきものである。本件において北海道知事が発した昭和二十四年六月一日附の指令書の中の「第一二二号」は全文の趣旨からして「第二二号」の誤記であると判読し得るとしても、さきに爲された行政行爲の変更として同指令書の日附たる昭和二十四年六月一日以降將來に向つてのみ効力を有するに止まるべく、同年同月十日発せられた北海道知事の指令は実質的には同月一日附の指令と同一であるから何等の効力を生じない。また控訴人は六月一日及び六月十日の指令は本來の不許可処分を明らかにし控訴人被控訴人間の権利関係を確認したものであると主張しているが、賃借権乃至耕作権は私法上の権利でこれが確認は裁判所の任務であつて行政廳の権限外でありかような所轄行政廳の確認が仮処分当時の事情に重要な変更を生ずるものであるとの理由で取消を求める控訴人の主張は失当である。
<立証省略>
三、理 由
上川郡温根別村字オンネベツ原野三千五百十番地の一畑二町八反五畝の内現況水田六反歩畑一反歩が被控訴人の所有に属し、控訴人が右土地の前所有者訴外土山爲次郎時代から引続き賃借していた事実、昭和二十四年四月下旬控訴人が耕作に着手したところ、被控訴人が昭和二十三年二月二十七日北海道知事の許可を得て右賃貸借契約を解約したとの理由で控訴の趣旨に記載する二つの仮処分決定を得て右土地の立入禁止をした事実は当事者間に爭がない。まず、特別の事情があることを仮処分取消の理由とする控訴人の主張の当否を判断するに、控訴人は、控訴人が純農家であり、右土地以外には水田及び野菜栽培地はなく前記仮処分によつて文字通り糧道を断たれる危地に陥るのであり、これに反し被控訴人としては右仮処分により保全さるべき権利は金銭的補償を得ることにより終局の目的を達成し得られるから本件仮処分を取消すべき事情があると主張するのであるが、その主張のような控訴人の境遇については何の疏明もなく、これに反し右土地の所有者である被控訴人が本件農地を耕作する権利はもとより財産権ではあるけれども、かようの権利はすべて金銭的補償によつて終局の目的を達成し得るものとして仮処分を取消すべき特別の事情があると解することは、耕作の権利を保全するための仮処分が常にこの理由で取消されうる結果となり所有者がその所有地を耕作する権利を保全し米や馬鈴薯その他の農作物の收穫を確保して現在のわが国情のもとにおける食糧の生産に寄與することを得させる所以ではないから控訴人の右主張は採用し難い。
つぎに事情の変更を理由とする控訴人の取消申立の当否を判断するに、成立に爭のない疏甲第一号証、疏乙第一号証、同第二号証の一、二によると、被控訴人は昭和二十二年九月十八日北海道知事に対し、右賃貸借の解約につき農地調整法第九條第三項の規定による許可を申請し昭和二十三年二月二十七日附同知事の許可指令書を受取つたので、被控訴人は同年四月二十一日控訴人に対し右賃貸借解約の申入をしたことが疏明される。もつとも、成立に爭のない疏甲第三乃至第五号証及び証人小野兼吉の証言によると、被控訴人のした解約許可申請については地元の温根別村農地委員会では、控訴人が引続き耕作のできるよう契約を更新せしむるのを適当と認むる旨の意見であり、所轄上川支廳長もまた、農地委員会の意見により処理(不承認)を可とする旨の意見を附して右申請を道廳農地部長宛進達し、道廳においても右申請を許可し難いことに審議が纏つたことが明らかに認められるけれども、疏甲第五号証及び証人石井啓子、同藤元喜久子、同小野兼吉の各証言によると知事の決裁を求めるいわゆる原議の指令案の「本申請許可する」との文句を抹消しないまま知事の決裁を受けたので、右指令書の淨書係である藤元喜久子がこれに基いて右許可申請書に「右申請許可する」との知事名義の奥書を作成し、かようにしてでき上つた指令書を被控訴人が受領したものである事実が認められる。控訴人は右指令書は解約許可の行政行爲でなく單に右許可のあつたことを通告する事実行爲に過ぎない旨主張するけれども知事の許可事項についてその許可申請に対する許否に関するいわゆる原議の決裁は内部的に知事の許否についての意思を決定するものであり、その許否の行政処分が文書による場合には、この意思が指令書として書面に作成されたときに成立し、それが申請者に到達したときに効力を生ずるものと解するのが正当である。なお指令書による許否の処分の場合においては知事の決裁した原議の如何にかかわらず、申請者に到達した指令書の表示するところに從つて許否の処分の効力を判断するのが相当であるから被控訴人に対して指令された右解約許可は原議決裁の如何にかかわらず、その効力を生じたものといわなければならない。控訴人はさらに右許可の行政行爲が取消された旨主張するので、この点について判断するに、成立に爭のない疏甲第一号証、同第六号証、同第七号証の一、二疏乙第三号証の一、二、三、同第四、五号証及び証人石井啓子、同小野兼吉の各証言によると、その後被控訴人に対する前記許可の指令が錯誤に基くものであつたことを発見した結果、昭和二十四年六月一日及び六月十日附知事の指令書を以て前記許可を取消し、あらためて被控訴人の申請を許可し難い旨の不許可指令を交付した事実が認められる。しかしながら農地調整法第九條第三項の規定は農地の所有者が小作人から不当に農地を取上げるのを防止するための取締規定に外ならないものであり、同條第二項但書及び民法第六百十七條によつて所有者の本來なし得る解約権の行使を制限したものに過ぎないから、一旦農地の所有者が知事の許可を受けて小作人に対し解約の申入をし、その解約の効力を生じた後においては所有者と小作人との賃貸借関係は確定的に消滅し、その後において知事が右許可を取消しても既に生じた解約の効力を消滅せしめることはできないものと解するを相当とする。被控訴人が前記知事の許可を受けて控訴人に対し解約の申入をしたのは前記認定の通り昭和二十三年四月二十一日であるから右解約の申入によつて被控訴人と控訴人との賃貸借関係は昭和二十四年四月二十日限り確定的に消滅したものであり、知事のした右許可の取消指令は昭和二十四年六月一日及び十日である以上この取消によつては前述の理由により右賃貸借関係を復活せしめることができないものといわなければならない。ゆえに右許可の取消によつて本件仮処分の事情に変更を生じたことを仮処分取消の理由とする控訴人の主張もまた採用し難いのである。
以上説明した通り控訴人の本件申立はこれを棄却すべきものであるから右と同趣旨に出で訴訟費用を控訴人に負担せしめた原判決は相当である。
よつて民事訴訟法第三百八十四條第一項、第八十九條、第九十五條を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 浅野英明 藤田和夫 西田賢次郎)